隠し味の理論

プロが語る“隠し味”

「デリー」代表取締役 田中 源吾

世の中には旨みが好きな人もいれば、辛みが好きな人もいます。その様々な要求に応えられる複雑な味がプロの味であり、その複雑さを可能にするのが隠し味だと思っています。例えばカレーに酸味をつけたい時によくヨーグルトを使いますが、そこに梅干を加えると酸味がより複雑になります。味が複雑であればあるほど、より多くの人の口に合うようになります。

私が作るのはインドカレーですが、かつお出汁やいりこ出汁など、魚の出汁を好んで使います。最後に塩を入れる際に、その半分を出汁に替えてみて下さい。肉のカレーにも合いますし、ライスとの相性が非常によくなります。これはカレーをライスで食べるスリランカから学んだことで、現地の人はモルディブフィッシュパウダーと呼んでかつお出汁を愛用しています。玉葱とトマトときゅうりをダイス状に刻んで、塩とレモンジュースとかつお出汁パウダーで和えればカレーの薬味にもなります。

ココアはカレーに入れるラムや鶏肉に下味をつける時に使います。肉100gに対して塩0.8g、カレーパウダー大さじ2分の1、ココアパウダー小さじ1、サラダオイル適量でマリネしたものを30分おいて、フライパンで焼いてからカレーに入れるのがお薦めです。これはイギリス式の調理法で、ローストチキンを作る時にも応用できます。ココアには肉の臭みを消してくれてる他、カレー全体にほろ苦さが味に深みを与えてくれる働きがあるのです。

「ア・ラ・ブッフ・シュン」オーナーシェフ 峰原 俊典

料理にとって隠し味とは、素材の旨みを引き出すものだと思います。ですから素材によって合う隠し味も様々です。

私の店では欧風カレーを作っていますが、例えば海のものを食材にするならイセエビの殻や頭、ヒラメの骨などから出汁を取ったフュメドポワゾン。これを使うと、食べた人には何を入れたか分からないのに、食材の味が引き立って旨みが増します。隠し味とはこのように、ストレートにわかるものではなく、複雑な作用を引き起こすものをいいます。

肉でも種類によって隠し味は異なって、鶏肉ならしいたけや昆布、かつお出汁など和風の隠し味が向いています。

これに対して牛肉や豚肉に向いているのはココア。ワインやブランデーとともに用います。4人前の肉に対してココア4〜5gが目安。食べる前日に入れて一晩寝かせることがポイントです。こうするとルゥ全体に味がしみ込んで深みが出ます。チョコレートだと甘みが出てしまいますが、ココアは苦みが立つのが特徴です。ワインやブランデーも同じ段階で入れると、酵素が出て肉を軟らかくする役割があり、ココアと合わせて使うことをお薦めします。

「伽哩本舗」代表取締役 松井 和之

私が思う隠し味とは、お客さんを「おっ」と驚かせられるような変化球です。例えばカニ味噌や上質のたまり醤油、熟成された麦の味噌などを私は使います。一見和風に見える隠し味が、食べた方に驚きを与えるとともに、深みのある味わいをもたらします。

隠し味無しのカレーを食べると、最初から最後までカレーの味だけが継続しますが、隠し味を入れることで、味がメロディのように流れるとでも言いましょうか。一皿のカレーを食べ進めていくうちにいくつもの味わいに気づきます。人間の舌はそのようにいくつもの味を楽しめるようにできています。

一般の方にお薦めの隠し味は、コーヒーやココアです。特にコーヒーは本格的にブイヨンを取った味にかなり近づきます。ココアは煮る段階で用いてもいいですが、当店の看板メニューである「焼きカレー」では、焼いた後に振りかけることもあります。ココアの香りも楽しめて斬新な味わいがあります。

固形のブイヨンを使う場合に覚えておいてほしいのは、水いくつに対してブイヨンをいくつ、といった数字はあくまで目安だということです。おいしいと思う味は個人個人違うので、味を見ながら少しずつ加えていくこと、これは隠し味全般にも言えることです。